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3月, 2021の投稿を表示しています

師のない剣道は野武士の類い

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 剣道していた頃、「師のない剣道は野武士の類い」と聞きました。やはり、先生より教えて頂く事は有難い事なのです。 年取ってくるとうるさい事を言われなくなると同時に我儘にもなる。 高齢者だけでなく、30、40でも我儘になっているものも多い! 会社や組織のトップになる!会社や組織を止め自由になる!最年長になる! 姑がいなくなる!夫(或いわ妻)がいなくなる!父母が亡くなる!・・・・・ オリンピック選手等は実力的には最高峰に有ってもコーチが必要なように、一般の世界にあっても自ら進んで、教えを乞う姿勢、態度が必要であろう。 我儘は、人間の劣化を招く! この世の中、我儘な人が多いようだが、自分を磨く努力を怠りなく生きたいものである。 「我以外皆師」

1例の重さ

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 私は若い頃化学会社で有機化学実験、製品化検討などを行なっていました。何拾回、何百回やっても同じ結果、誰がやっても同じ結果となるような実験、レシピ作成を行うよう叩き込まれました。 その後農薬や医薬を担当した時違和感を覚えました。 先ず、医薬では全国的学会で「一例報告」「症例報告」が報告されており、1例の結果を報告するなよ!と感じたのです。それぞれの患者のバックグラウンドも全く異なるし、、等と浅はかな気持ちで見てました。 意味が違っていた!有機化学実験の場合は成果の見ているが医療の症例報告は効果は当然なのですが、副作用もみているのです。今コロナでも副作用が問題となっていますが、1万分の1、100万分の1等の副作用、問題点の確認の為には、1例も見過ごせないのです。 有機化学実験は条件を揃えて比較試験をしますし、医薬薬学に於いても基礎では当然条件を揃えた試験をしますが、臨床では亡くなる寸前の方、多臓器疾患の方等条件等揃える事は不可能です。 1例1例積み上げながら、効果や副作用を確認していくのです。 また、農薬の場合、試験農薬と対象薬との比較試験である年は、害虫の発生が少なく両方〇で差がないとか、害虫が多量発生して両方ともXとなったりして、また来年試験等という事が多く難しい。偉い人達が多いのにとも思ったが、自然を相手にする難しさを感じた。 夫々の世界で、それなりの苦労をしながらやっている。

飛躍は小さなキッカケ

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 昨日は母校の剣道部のOB現役合同稽古が開催され、誘いを受け参加できた。OB現役での試合も久々に見ることが出来た。 講評で先輩より「もっと声を出すように!」との声もでたが、この時期2年と1年生(3年生も応援に参加)であり、大人しく元気が欲しいと感じた。 また、この姿、状況は私の高校時代の姿そのものであった。 この時期、地区(福岡)大会ではベスト8ぐらいで、玉竜旗では2年3年と2回参加でき6勝3敗位で(2日目迄残ったのは始めてで先輩から焼肉を奢って貰ったくらい)でこれといった戦績はない(大将は5人抜きしたほど強かったが自分と他のメンバーがもう少し強かったら実績を残せたものをと今更ながら反省)。3年の玉竜旗でも補欠登録であった。 試合はしたが、相手が出たら打て!下がったら打て!との教えとおり打ち合って、勝ったり負けたりしただけであった。問題は、ただ打ち合うだけで、試合での自分のストーリーができていなかったのである。 卒業して三菱化成工業(株)に入社し、黒崎工場の敬止館道場(立派な)で稽古をしたが、剣道師範8段の池田先生はじめ、6、7段の先生方が6、7人居られ、先輩方もすごい人が多く、充実した内容であった。一年間相当の稽古をしたが、1.大人(高段者の先生)方と稽古が出来た事、2.(一歩なら)引いても良いと教えられ気が楽になった事、3.自分で試合を組み立てられるようになった事、4.試合場を全部とは言わないまでも自分のものにできるようになった事などが変わった。 1年間は補欠で試合には行ったが実績もほとんどなかった。1年後の試合では先鋒として起用され個人的にも勝つことが出来た。6月の創業記念大会で個人団体で優勝でき、自信となった。特に大きい大会での優勝は初めての事で信られない結果となった。高校時代歯が立たなかった(試合にならなかった?)福岡商業(全九州高校優勝)から西銀に入った有名選手を個人、団体であたり勝てたのも不思議なくらいであった。 人の可能性は無限であり、私にとっても一寸したキッカケで大きく変われる事を実感した時である。 人は変われる、飛躍できる。 次回機会があったら話したい。"継続は力"と"誰でもチョットしたキッカケで思いもかけないステップアップ月できる!"事を。 剣道で勝てなくて悩む人、勝って新たな世界(勝つ事で素晴らしい人達...